これは「インフレ税」の始まりなのか。実は減り出した日本の政府債務

インフレ 円安 家計部門

円安を端緒とする物価高を背景に、実は日本の政府債務残高が減り始めている現実がある。

yoshi0511/Shutterstock.com

4月29日、160円台から一気に154円台まで急騰したドル/円相場は、足元で156円台半ばまで値を戻している。

報道各社は政府・日銀が2度の為替介入を実施した可能性を指摘するが、いずれにしても円安基調に大きな変化はないように見える。

要因については金利や需給を指摘する向きが多いが、中には次なる円安リスクもしくは要因として、日本の「財政ファイナンス」がテーマ視されていることを指摘する声もある。

財政ファイナンス……中央銀行(日銀)が通貨(円)を発行し、政府の発行した国債などを直接引き受けること。財政赤字を補てんする意味合いがある。

日本の国債は大部分が内国債(自国内で発行された、多くは自国通貨建ての債券)なので、日銀の国債買い入れという事実上の財政ファイナンスによって財政に対する信認が低下し、投資家が国債保有リスクに対して高い金利を要求する(つまり円金利が上昇する)展開はあまり想像できない。

ただ、海外投資家の保有割合(短期国債含む)は2000年代前半まで5%未満にとどまっていたものの、近年は徐々に増加して2023年12月末時点では13%超に達しており、内国債としての性質は確実に薄れつつある【図表1】。

図表1 部門別 日本国債 保有割合

【図表1】部門別に見た日本国債保有比率(短期国債含む)の推移。海外投資家による保有比率は着実に増えている。

出所:日本銀行資料より筆者作成

近年の円安地合いも相まって、金融市場で「日銀は政府債務残高の大きさ(もしくは利払い費の増加による政府債務の悪化)への配慮から、さらなる利上げには踏み切れない」とのストーリーが抱かれやすくなる可能性は否定できない。

政府債務が実質的に軽くなる構図

政府・日銀が本当のところ何を考えているのか、筆者には知り得ない。

今何か言える事実があるとすれば、現在のように「高債務」「低金利」「円安」の共存状態が続くと、世界最悪と言われる1200兆円超に及ぶ日本の政府債務残高は少しずつ減少していくということだ。

先に基本的な説明をしておくと、政府債務残高を圧縮(財政再建)する手法としては、以下の三つがある。また、それぞれの組み合わせもあり得る。

  1. 歳出を減らす
  2. 歳入を増やす
  3. インフレを進める(インフレが進む)

直近3月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比2.6%上昇、日銀が物価安定目標とする2%を上回り、今後さらに円安の影響による物価上昇なりインフレ率の高止まりなりが想定される現在、3のインフレによる政府債務残高の圧縮に注目が集まるのは、当然と言えば当然だ。

極端な話、物価が2倍になれば貨幣価値は半分になる。債権価値も債務価値も半分になる。政府債務も例に漏れず、半分になる。

より具体的に説明すると、政府部門から見れば、インフレの影響で値上がりした財・サービスに対し、家計部門が保有する金融資産を従来以上に取り崩して(消費税などの形で)納税してくれることになる。

政府部門は家計部門からの税収が増えるので、債務残高をハイペースで減らすことができる。インフレが政府部門の債務返済能力を改善した構図だ

一方、家計部門から見れば、主体的な意思決定とは無関係にインフレの影響で可処分所得が減り、その一部が政府債務の返済に充てられる構図になる。

現象として起きているのは「増税」そのものだ。したがって、インフレによる政府債務の圧縮は「インフレ税」と揶揄(やゆ)される。

2023年の日本のGDP(国内総生産)成長率を見ると、名目で5.7%増だったのに対し、インフレの影響を除いた実質では1.9%増と、伸び幅が3分の1以下になる。

同年の家計最終消費が名目で1.7%増だったのに対し、実質では0.7%とほとんど伸びていないこととも平仄(ひょうそく)が合う。

こうした現象を、インフレ税により実質ベースでの消費が伸びなかったと読み替えることもできるだろう【図表2】。

図表2 日本 GDP成長率 名目及び実質

【図表2】2023年の日本のGDP成長率、名目と実質の比較。

出所:内閣府資料より筆者作成

「だから日銀は利上げしない」は憶測だとしても

日本ではここ十数年、税収が増加傾向にある。2023年度こそ前年比での減少となったものの、その前は3年連続で過去最高を更新している。

前節で解説したようなインフレ税の日本における定着を、金融市場が囃(はや)し立てるだけの「状況証拠」は少しずつ揃いつつある。

円安が輸入物価を押し上げ、インフレが加速する「外的ショック」だけでなく、人手不足による名目賃金の上昇という「内的ショック」も加わり、インフレは今後も持続する可能性が高いというのが筆者の以前からの見立てであり、そうだとすれば政府債務の圧縮も引き続き進むことになる。

実際、パンデミックの発生した2020年を境に、政府の純債務は絶対額、名目GDP比とも明らかにピークアウトしている【図表3】。

図表3 日本政府 純債務残高

【図表3】日本政府の純債務残高の推移。絶対額(橙)と対GDP比(青)。

出所:Macrobond資料より筆者作成

冒頭では、「日銀は政府債務残高の大きさ(もしくは利払い費の増加による政府債務の悪化)への配慮から、さらなる利上げには踏み切れない」との見方が広がる可能性を指摘したが、より積極的に「円安を放置すれば財政再建が進む」からこそ、日銀は利上げに踏み切らないとの見方も可能だ。

もちろん、全ては憶測にすぎないのだが、その憶測ですらも為替市場に影響を与えかねないことには注意する必要がある。

為政者がインフレ税を志向していると感じさせた時点で、必然的に「だから日銀は金利を上げないのだろう」との疑義は強まり、それが投機的な円売りを勢いづかせることになる。

可能性の高いリスクシナリオであるとまでは現時点で言えなくても、状況証拠が揃いつつあることを踏まえると、筆者としては一笑に付すわけにはいかないように思う。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

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