やっぱりみんな疲れてる。「20年前に録音した屋久島の音」で実験的な音楽作品をつくった理由

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左:DJ KENSEI、右:GoRo the Vibratian。

撮影:島田彩枝加

紐にくくりつけて飛ばしたカブトムシの羽音、産卵のために砂をかき分けるウミガメのため息、ひょうたんでできたカリンバの音……。

Final Dropの『Mimyo』は、12インチのアナログレコードだ。片面は17分超で、自然の音と、カリンバやディジュリドゥなど民族楽器の演奏が聴こえてくる。

しかも、使われている自然音はいずれも20年前に屋久島でフィールドレコーディングされた音のみだという。

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Final Drop 『Mimyo』 税込4400円。12インチ、重量盤。

提供:東洋化成

この実験的な音楽作品はどのようにして生まれたのか。そして、なぜ作られたのか。

Final Dropの中心メンバーでもあるDJ KENSEI(以下KENSEI)と、GoRo the Vibratian(以下GoRo)の2人に、作品のことや制作の過程を聞いた。

DJ KENSEI: DJ、リミキサー、プロデューサー、レコーディング・アーティスト。多彩なセレクトやサウンドコントロールによって、独自の空間を生み出す日本を代表するトップDJの一人。音楽コミュニティ「Sorameccer Sound Design」主宰。

GoRo the Vibratian:ディジュリドゥ、カリンバ、口琴など自作の楽器を操るバイブレーションアーティスト。路上ライブなどを行う傍ら、サカナクションのアリーナツアーにも参加する。Vibratianは、バイブレーションとミュージシャンを掛け合わせたオリジナルの造語。

Final Drop: DJ KENSEI、GoRo the Vibratianを中心に、京都アンダーグラウンドシーンの重要人物であり電子音楽家、プロデューサー、サウンドエンジニアのKND、辺境愛に満ちたオーガニックなエレクトロニック・サウンドを生み出すDJ兼音楽プロデューサーのKaoru Inoue(Seeds And Ground / Chari Chari)など、さまざまなクリエイターが離合集散する変則的な音楽集団。

屋久島で食らった波動をレックしまくった

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撮影:島田彩枝加

—— まず、お二人の最近の活動についてお聞かせください。

KENSEI:最近関わらせていただいたものの一つに、440年続く満龍寺というお寺の住職交代の献舞というセレモニー(入寺式)で、お経にサウンドスケープをミックスするというものがありました。声明(しょうみょう)を上げる際、そこに音を添えるという役割です。

歴史あるお寺の住職が若い住職へと引き継がれる場面でした。そのお寺は禅宗なのですが、宗派を越えたお坊さんが皆でお経をあげるタイミングで、お寺の周りの環境の音を録音して、MIXして。音楽というより空気やエネルギーを足していくみたいな.....。

他にも、住職に面白いオラクルカードを教えてもらってひいてみたり……。

GoRo:俺は粘菌に夢中だね。この間、山梨にある養鶏場で火焚いてライブやったんだけど、牛舎の中ではDJが音をかけててさ。

そこで会ったアーティストの子に粘菌をお裾分けしてもらって。粘菌って脳ミソのない単細胞生物なのに、迷路に置くとゴールまでの最短距離見つけちゃうんだよ、おもしろいよね。

—— ありがとうございます。Final Dropの結成は2002年と聞いています。お二人が出会ったのはいつ頃だったのでしょうか。

GoRo:1980年代、KENSEIくんに会う前、俺は楽器を作ったり演奏したりしながら、タイのコパンガン島やインドを3年間裸足で旅していた。

で、東京に戻ってきて呼ばれたライブの一つに「OVA」ってパーティがあって、そこで会ったのが初めてだったね。その当時からKENSEIくんたちは、東京のアンダーグラウンドでバリバリにやってた。

KENSEI:90年代になって、ジャンルがさらに広がり始める感じでしたね。

GoRo:いろんなことがごちゃ混ぜになって、民族音楽、今で言うところのトライバルなんかもちょっと流行ってたね。

インドのゴアからレイブの流れが日本にも来て、どこでも四つ打ちがかかってさ。正直、ちょっと嫌になりそうだったよ(笑)

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GoRo the Vibratian

撮影:島田彩枝加

GoRo:2001年、911で世の中が混沌とした時に、KENSEIくんとハイチに行って『BANANA CONNECTION』ってアルバムを作ったんだよ。

KENSEI:その後タイにも行きましたね。

GoRo:そうそう。そしたらKENSEIくんが「次は、屋久島行きましょう」とか言い出してさ。

KENSEI:多分、本能的に屋久島に行くことを求めてたんだと思います。20年も前のことだからあまり覚えてないけど、きっと当時はプレッシャーとかいろんなものにやられてて。そのまま向かった屋久島で食らった波動だけをレックしたっていう。

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DJ KENSEI

撮影:島田彩枝加

GoRo:自然の音はDATテープ(音声データをデジタル化して磁気テープに記録再生する装置)に録音した。とにかくたくさんあったよね。京都の近藤くん(KND)が録った音をアーカイブにしてCDに7、8枚にまとめてくれてさ。いつ録った音なのか、何の音なのかも全部書いてあって、それを全員に配ってくれたんだよ。

KENSEI:鳥の声や虫の音が入っている生物シリーズとか。水の音だけでも100種類以上あって、雨、川、泡、ウォータードラム(水面を叩くリズム)とか。周波数でも分かれているし。

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Final Drop『elements』。2003年、屋久島でフィールドレコーディングした多様な自然音、スタジオでのフリーセッション音源、屋久島で撮影した写真・映像素材をもとに編集・制作したCD&DVD作品。

提影:angelo

GoRo:屋久島から戻ってきて「これ、いつアルバム出す?」ってKENSEIくんに聞いたら「1年後にしましょう」って。いや1年もかけるのって思ったけど「GoRoさんだってそれくらいかけてるじゃないですか」って言われた(笑)

KENSEI:屋久島の自然がすごすぎて、すぐには消化できなかったって感じですかね。録れるだけ録って録音したのはいいんだけど、時間が経たないと馴染んでこない、まとまらない、点が線にならないというか。体験はしてるし体には食らってるんだけど、言語化したりアウトプットしようとしてもうまくできない。情報量が多すぎて、なかなか消化しきれなくて。

GoRo:各自録った音は聴いてただろうけど、結局1年間ほぼ何もしなかったね。最後の1カ月くらいでスタジオを借りて、セッションして……って感じで完成した。

重なる小さな偶然。20年ぶりに再会

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撮影:島田彩枝加

—— 奇しくも、リリースされた2023年は、屋久島の世界自然遺産登録から30年を迎えたタイミングでした。20年の時を経て、再結成したきっかけは何だったのでしょうか。

GoRo:下北沢にあるバー、裏家で会った男の子が前作の『elements』を聴いてくれてて、「え、今年で20周年じゃないすか」なんて話しててさ。俺もうっかり忘れかけてるくらいだった。

偶然、その場には新しいレコードレーベルの立ち上げに邁進しているやつもいて。まあそんな流れで、アナログレコード化しようかって言ってたんだけど、権利の問題か何かでちょっと面倒になって、じゃあ新しいの作っちゃうかと。

で、20年ぶりくらいにKENSEIくんに「そろそろFinal Dropやらない?」って連絡したんだよ。そしたら「いいタイミングですね」って(笑)

KENSEI:意外に忙しかったり、いろいろやることがあるんですけど、たまたまそこだけぽっかり空いてるような状況だったんですよね。だから「やれ」ってことかなと思いました。

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撮影:島田彩枝加

GoRo:それで、KENSEIくんが「オリジナルのDATテープがあるから聴いてみましょう」って、レコーダー借りてきてくれてね。

KENSEI:20年前にレックした音を聴いたら、光が見えた、道があったというか……。あの時なぜ録ってたのか、その理由がようやくわかった感じですかね。

あの頃の感覚や時代でしか見つけられない、今探しても世の中になかなかない周波数だったり、音像、波動、癒し、自分をととのえてくれる記憶だったり、そういうものがそこにあった。

過去の自分によい薬を処方されたような感じです。20年前に録りに行った時は、それを求めていた訳じゃなくて、ただ導かれて行っただけなんですけどね。

GoRo:過去の自分たちがやってきたことに気付かされるっていいよね。20年間、みんな音楽やってきて続けてこれて……ちゃんとやってたんだなってしみじみ思ったよ。

「心地いい周波数」を探して

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撮影:島田彩枝加

GoRo:『Mimyo』は、ほとんどエディットしてなくてさ。20年前の別々に演奏したりフィールドレコーディングした音をファイルのままぽんっと重ねて、いざ聴いてみたら思いの外ぴったり合っちゃったって感じ。

屋久島で風や水の音を聴きながら演奏していたから、なんとなく合ってるけどなんとなくズレてるのが心地いいんだよね。

KENSEI:とにかく周波数なんですよ。

GoRo:そうそう、俺たちが時間をかけたのは、心地いい周波数を探すこと。スタジオでやったことは、ほとんどEQ(イコライジング)なんだよね。

音を聴いてて「高音が気になるなあ」とかあるでしょ。簡単に言えばEQっていうのは、そういう心地悪い周波数を削っていくこと。KENSEIくんが持ってる50万円くらいするようないいアナログミキサーを使って、とにかく心地悪い音を削っていった。

KENSEI:元々持っていたUREIと交換したんですよ(笑)。考古学者が発掘調査の時に刷毛で砂とかほこりを払うじゃないですか。そうすると徐々に形が出てくる。EQはそんな感じに近いと思います。

元々録音した音にはいい音があって、そのまま聴いてももちろんいいけど、さらに抽出していくと今の耳で心地いい音の輪郭とか気持ちいい周波数が浮き出てくるんですよね。

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撮影:島田彩枝加

GoRo:EQは本当にキリがない。普通の楽曲だったら、4〜5分でフォーマットが決まってるんだけど『Mimyo』の場合、1曲がそれぞれ17分もあって、抑揚はあるし決まり事はないし。

KENSEI:1回始めると、通して聴くために17分は集中しないといけないし。

GoRo:うーん……とか何度も唸ってすごい時間かかったね。現行のフォーマットに当てはめてマスタリングすると、いわゆるレンジ感とか臨場感が消えちゃって、音の奥行きとか屋久島の空気感が全部なくなってしまう。

音圧を高めると、確かにパッと聴く分にはいい感じに耳に届くんだけど、音がどんどん潰れてしまうし、ずっと聴いてると耳が疲れるんだよね。

—— 「心地いい周波数」を探すための作業には、7日間以上かかったそうですね。それでも「キリがない」と言うほどですが、完成と思えたのはいつでしたか。

KENSEI:笑顔になった瞬間ですかね。その音を聴いた瞬間に笑顔になった。落とし所が来たみたいな感覚でした。

GoRo:自分で作っていると、締切はあれど「完成した」と思えることってほとんどない。だけど、これに関しては重ねた音を聴いた瞬間に「ちょっとこれは名作ですね」なんて言い合ったくらいで。そんな風に思えたことが、これを作って何よりよかったことだね。

KENSEI:EQっていうのはイコライザーだけじゃない。自分自身も。

GoRo:そうだね。自分のどこを出してどこを引っ込めるのか。KENSEIくんたちと今回作ってて「もう水の音だけでもいい」と思えたのは、20年経って自分たちが年取ったっていうのもあるけど、時代も少し変わったと思うんだよね。

音圧も少し前まで音圧競争なんて呼ばれて、みんな音のレベルを高くしようとしてたけど、デジタル配信が主流になって、コンプレッションをかけずにEQだけっていうのも増えているみたい。

ホワイトノイズのプレイリストがSpotifyの人気ランキングに入ってたり。俺たちがやってることは時代に逆行しているようで、実はオンタイムなのかもなあとも思うよね。

「やっぱりみんな疲れてるんだと思う」

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撮影:島田彩枝加

—— 集中力が上がる、リラックスや安眠効果がある音として「ホワイトノイズ」が話題になったり、アンビエント専門のレコード店がオープンするなど、これまでニッチだった音楽ジャンルにも注目が集まっています。

GoRo:やっぱりみんな疲れてるんだと思う。だからこういう音を聴いたりキャンプ行ったり、自然に触れてリセットしようとするんだろうね。

KENSEI:教授(坂本龍一さんの愛称)が、一番身近な自然は人間だと言ってました。街に住んでる僕たちからすると、屋久島とか森とか海とか、自然に行かないと自然は感じられないって思うけど、当然ながら人間も自然の一部なんですよね。呼吸して酸素吸って二酸化炭素吐き出して……。

GoRo:そうだね。草木と同じように人間だって太陽がなかったら生きていけない。太陽の活動は一定じゃない。熱くなったり冷たくなったり、爆発する時もあれば、静音にしてる時もあって。本来、全ての生き物はそのサイクルに乗って生きてきた。

だけど、今はそれを無視して経済活動をしてる。みんなが俺たちみたいじゃ経済は回らないからね。多分世界はもっとよくなると思うけど(笑)

『Mimyo』を作った時点で「名作じゃん」と思えた、自分たちはそれでいいわけ。でも世の中はちょっと違って、数字が出てないといけないとか、売れてないと困る立場の人もいるしね。

KENSEI:自分からいい周波数を出せれば、引き寄せられて周りの環境がよくなっていくと思います。そこには、経済的な循環も生まれるかもしれない。

そういう風に生きていると、経済的な部分もあるんですけど、それだけじゃない豊かなことに出会えることがあって。それが生きる喜びにつながっていたりします。

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撮影:島田彩枝加

GoRo:そもそも、お金っていうのは本当は手段だった。でも今はそれが目的になっていることが多い。大事なものはそこじゃない、違うんじゃないかって、みんなどこかで感じ始めていると思う。

—— サステナブルやSDGsは広告やメディアの頻出用語となり、ビジネスの潮流も環境保護に向き始めています。一方で、ウォッシュのような見せかけのエコも増えています。

GoRo:環境、全然よくなってないじゃんってね(笑)別にみんな悪いものを広めたいわけではなくて、生活の糧として商売しなきゃいけないから仕方ないんだけど。

でも、環境をよくするって本当は簡単なことで。シャボン玉石鹸の会社が福岡の離島で行なった実証実験があるんだけど、島民が使う洗剤を無添加のものに切り替えたら、3カ月で生活排水の汚れが少なくなったんだって。

無添加の石けんを使うだけで世界は変わる。「私が何かすれば世界は変わる」って自信を持って思えたら、もうそれだけでいいと思うんだよね。

音楽が解決策になることはないけど…

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撮影:島田彩枝加

—— お二人は作曲から演奏、環境作りまで、広い意味での音楽を生業としていますが、なぜ音楽を作っているのでしょうか?

KENSEI:どうしてでしょうね(笑)生きるために生み出しているというか。音楽によって生かされているところもあるし。その循環を作っている感じですかね。別に常に作っている訳でもなくて、食べるとか寝るとかそんな感覚に近いです。

GoRo:俺もそんな感じだよね。自分も癒されたり楽しかったり、探求でもあったり。他のこともやったりするけど、結局これしかできないし。それが自分にできる何かだと思う。俺たちにしかできないことをやっているという自負もある。このFinal Dropは大変だったけど楽しかったよ。

KENSEI:そうですね。自分に必要だからやる。直感に正直に生きる。

GoRo:音楽って“音を楽しむ”って書くから、音を出すことによって楽しくなったり、楽になったり、要はそういうことなんだと思う。

東日本大震災の1年後に、福島県郡山の中学校でライブをやったことがあってね。校長先生に「生徒が元気ないから来てほしい」って呼ばれて行ったんだけど、原発の話はタブーだし、とても重い雰囲気を感じた。

だけどラスト1曲の途中で、いきなり生徒たちがうわーっと俺たちの方に駆け寄ってきて、10人くらいがステージに上がって踊り始めた。先生たちも踊ってアンコールもしてくれて。

最後に、生徒代表の女の子がスピーチをして、「福島第一原発が爆発して以来、私たちの心はとても落ち込んでいた。だけど今日は心の底から解放できました」と涙ぐみながら話してくれた。

音楽は、別に何の解決策も示してないんだけど、生徒たちはとりあえずその場で気持ちを解放できた、思いっきり踊れた。それが音の持つ力の一つだと思う。

—— ありがとうございます。最後に、どんな時に『Mimyo』を聴いてほしいですか?

KENSEI:オラクルカードには、背中を押してくれるような優しさがあるんだけど、一方で自分の状況によっては、ぐさっとダイレクトに刺さる厳しさもあるんですよね。

『Mimyo』も今の自分が投影されるカードみたいな音楽でもあるなあと思います。他人がどう思うかは関係なくて、自分が聴いてどれくらい何を感じるか。自分と向き合いながら聴くのもいいかもしれませんね。瞑想みたいに。毎度表情が違うと思う。

GoRo:音って、感じられるものの中で唯一、見えないけど存在しているものでしょ。形はそこにないんだけど、感覚としてはそこにあって消えていく。

『Mimyo』は、同じ表情がないというか、聴く都度に違う感覚があるんだよね。聴いた人が、屋久島の自然を思い起こしたり、そこへ行きたいという気持ちになったり、そんなことを考えるきっかけになる。単に眠れる、リラックスできるでもいいし。

意識せず聴いてるんだけど自然と染み込まれるような、増殖していく音楽……粘菌みたいだなってつくづく思うんだよね(笑)


Final Drop『Mimyo』

12インチレコード重量盤(ライナーノーツ付き)
品番:DGR-001
価格:税込4,400円
発売・販売元:DEEP GROUND RECORDS
Spotify、Apple Musicなど各種配信サイトでもデジタルリリース中

シングル『Bun Bun』※デジタル音楽配信のみ


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