再エネ推進企業・イーレックスが挑む「電力の安定供給」──キーワードは顧客との共創

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卸電力市場や需給調整市場に続く新たな電力市場として、2024年4月から取引がスタートした「容量市場」。

この容量市場にデマンドレスポンス(DR)事業で参入したのが、再生可能エネルギーの拡販に取り組むイーレックスだ。

異業種からの参入も進み、ビジネスを取り巻く状況が日々変化している電力業界で、いち早くDR事業に着目したのはなぜか。また新たな事業を通じて、どのような社会課題に挑もうとしているのか。

イーレックスでプロジェクトを先導した佐々木邦昭氏、取り組みに伴走したKPMGコンサルティングの伊藤健太郎氏に話を聞いた。

電力の安定供給を目的に開設された「容量市場」

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Shutterstock / fokke baarssen

“2050年カーボンニュートラル”の実現に向けて、急ピッチで普及が進められている再生可能エネルギー。しかし、天候によって発電量が左右され、需給バランスが保ちにくいなど課題も多い。

電気は、需給バランスが崩れると停電につながるおそれがあるため、ほかの発電設備によって再生可能エネルギーの出力変動に対応しなくてはならない。

その主な役割を担うのが火力発電だ。しかし、電力自由化や再エネ拡大によって投資の予見性が低下し、新規投資が進まず、既存の電源の維持さえも懸念される事態になっている。

これらの解決策として、2024年4月から容量市場の取引がスタートした。 そしてこの容量市場で注目されているのが、「デマンドレスポンス(DR)」だ。

容量市場とDRの仕組みとは?

容量市場で取引されるのは、「将来にわたって見込める供給力(kW)」だ。

運営組織の『OCCTO(オクト:電力広域的運営推進機関)』が、4年後の電力需要を満たすために必要な電力の供給力を算定する。

それを踏まえて、各発電事業者は「4年後に供給が可能な状態にできる電源」をオークションに応札し、応札価格の安い順に落札される。落札された事業者は4年後に供給力を提供し、容量確保契約金額を得るという仕組みだ。

※日本の電気事業の広域的な運営・推進を目的に設立された団体。

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落札された発電事業者は、電力を供給するために発電所のメンテナンスなどを行いながら発電能力を維持。4年後に約束したkWを提供することで、容量確保契約金額を得ることができる。また小売電気事業者は、容量市場を運営するOCCTOに容量拠出金を支払う必要があり、それが容量確保契約金額の原資となる。

「容量市場かいせつスペシャルサイト」内の図を元に、Business Insider Japan編集部が一部改変して制作

一方DRとは、電力を使用する個人や企業といった需要家に対して、電力需要のピーク時に節電を要請し電力不足を解消するなど、電力安定化につなげる仕組みだ。

図2

KPMGコンサルティングの資料を元にBusiness Insider Japanが作成

容量市場では、発電所の供給力のみならず、DRによって電気の使用を抑制することで生まれる供給力も同列に扱われている。

つまり、発電所を所有しない電気事業者でも、DRを用いて4年後の供給力(kW)をオークションに応札することができる。

ここに着目し、いち早くDRを事業化して容量市場に参入したのがイーレックスだ。

DRによって需要家である顧客の電力使用量が減れば、電気事業者が自らの顧客に供給する電力量などに応じてOCCTOに支払う容量拠出金を少なくすることができる。

加えて、DRによって抑制した電力をkWと見なすことができるので、容量市場のオークションに参加して落札すれば、4年後にkWに応じた容量確保契約金額を得ることもできる。イーレックスにとって、コスト削減と売上確保の両方を期待できるのだ。

なぜ、イーレックスは新規事業に挑むのか?

「イーレックスは、“再生可能エネルギーをコアに電力新時代の先駆者になる”をビジョンに掲げて、電力小売・トレーディング事業、燃料・発電事業を手掛ける電力事業者です」

こう説明するのは、イーレックス 小売統括部長の佐々木邦昭氏だ。

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イーレックス 小売統括部長の佐々木邦昭(ささき・くにあき)氏。2011年にイーレックスに入社し、電力業界では当時珍しかった代理店による販売体制の確立・拡大に注力。その後、電源調達や経営企画部門を経験し、現在はグループが抱える新電力5社の事業戦略などを管轄。

電力小売業者としてのイーレックスは、2000年の電力自由化の際に3番目に登録した新電力会社で、20年を超える実績を持つ。今回のDR事業は、電力小売事業に付帯するサービスとして展開するという。

DRといえば、大型工場の蓄電設備を活用したり、空調や照明などを遠隔制御したりして需給バランスを取る「機器制御型DR」が一般的だ。

一方イーレックスは、「インセンティブ型DR」に取り組んでいる。

佐々木氏の言葉を借りれば「お客様の行動変容を促してDRを実現し、社会的な貢献をしつつ、お客様にも電気料金の一部をインセンティブとして還元する」新しい仕組みだ。

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イーレックスのサービスで電力を契約している企業・個人に対して、メールや専用アプリで節電要請を行い、電力の使用を控えてもらう「インセンティブ型DR」を進めている。

Shutterstock / chaponta

なぜそのような判断をしたのか。そこにはイーレックスの企業としての姿勢が表れている。

「当社の(経営理念として示している)バリューの一つに、『共創:信頼と協力のもと、様々なステークホルダーと共に、価値を生み出す』があります。

今回私たちがハブとなり、お客様の行動変容を促して一緒に取り組んでいきたい。また電力の販売パートナーの方々など、周囲の力も借りながら社会を少しずつ変えていきたい。そんな考えのもと、新たな仕組みづくりに挑んでいます」(佐々木氏)

パートナーに求めたのは「圧倒的な専門知識」

そもそも、イーレックスがDR事業への参入を検討し始めたのは2021年頃だという。

佐々木氏は「容量市場の開始は2024年4月と決まっている中で、お客様や販売代理店なども巻き込んで準備するには、いち早く検討を進める必要があり、内製だけでは到底難しいと考えていた」と語る。

そんな中、なぜイーレックスはKPMGコンサルティングをパートナーに選んだのか。一番の理由は、専門性の高さだと明かす。

「KPMGコンサルティングは、容量市場の業務設計のフレームを検討するなど、容量市場の制度を把握していました。

今回のプロジェクトは、限られた時間の中で制度を踏まえたシステム設計までを着実に進める必要があったため、ベースの知識を有するKPMGコンサルティングに依頼しました」(佐々木氏)

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KPMGコンサルティング 執行役員 パートナーの伊藤健太郎(いとう・けんたろう)氏。2016年にKPMGコンサルティングに入社。電力・ガスなどのエネルギー企業に対して、法制度対応、全社構造改革、新規事業開発、業務変革、DX推進、脱炭素経営などの幅広い経験をもとに、さまざまな経営課題の解決を支援。現在はエネルギーセクターの責任者を務める。

「単に制度を理解しているだけでなく、その制度を活用した収益向上の検討までできるところが私たちの強みだと思っています。

特に、容量市場は新しい市場で未知の分野です。さまざまな角度から熟考し、どうDR事業を拡大させるかを描きながら取り組んできました」(伊藤氏)

プロジェクトを成功に導く、4つの段階

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KPMGコンサルティングの資料を元にBusiness Insider Japanが作成

容量市場を見据えたDR事業立ち上げのプロジェクトは、4つの段階で進められた。

第1段階は、ありたい姿を整理し将来像を検討する、企画・構想フェーズだ。佐々木氏は、次のように振り返る。

「DR事業にとらわれず、さまざまな事業のパターンを想定しながら議論を重ねました。

その上で、差別化要素が少ない電力小売事業では、“新たな顧客体験の創出によるライフタイムバリューの向上”が今後重要になっていくと考えたのです。

また、電気小売事業者の側面から容量拠出金の支払いで影響を受けるリスクも鑑みて、DR事業に注力しようという結論に至りました」(佐々木氏)

KPMGコンサルティングの伊藤健太郎氏は、背景をこのように述懐する。

「電力の小売自由化が実現して以来、“電気を安く売ること”にフォーカスしてきた新電力会社が、激化する競争環境の中で、それだけでは生き残れなくなることは明らかでした。

DR事業への参入は当時としても先鋭的な意思決定でしたし、先んじて取り組んできたことが、イーレックス様と他社との差別化にもなっていると思います」(伊藤氏)

“DR事業への参入”という方向性が決定した後、第2段階では収益化やリソースの確保といった事業計画の策定、第3段階では具体的な業務フロー・システムの検討、第4段階でシステム開発が進められていった。

「特に苦労したのは、第2段階です。

DRには、容量市場におけるDRだけでなく、卸電力市場が高騰した際に発動されるDRなどもあり、どのDRを優先させるべきかは、精緻な整理とシステム構築が必要でした。

KPMGコンサルティングは網羅的に業務フローを精査することで選択肢を明確にし、円滑な議論を後押ししてくれました。

自社だけで検討していたら、整理しきれなかったと思います」(佐々木氏)

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佐々木氏は、プロジェクトにおけるKPMGコンサルティングの印象を「我々の目線に立って現場で一緒に汗を流し、スピード感を持って先導してくれた存在」と表現する。

「イーレックスの社員数は約250人です。既存事業もある中、DRのプロジェクトだけに注力できる社員は少なく、入れ替わりもありました。

そんな中で、プロジェクトとして脈々と一本の筋を通せたのは、KPMGコンサルティングによる課題の整理や進捗管理の力が大きかったと感じています。

戦略を提示するだけではなく、ベンダーとの交渉や大口需要家との契約に必要な資料の作成、営業同行など、まさにイーレックスの社員の分身でした。

課題解決方法や新規事業の進め方の面でも、学ぶ部分がたくさんありましたね」(佐々木氏)

伊藤氏は、「我々はあくまでも黒子」と前置きした上で、次のように語る。

「プロジェクトは“立ち上げて終わり”ではありません。

実装へのアプローチやノウハウは、口頭だけではなくドキュメントでも提供し、立ち上げ後も自走いただけるような支援を心がけました」(伊藤氏)

電気を使う人の意識や行動を変える

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Shutterstock / Hit1912

イーレックスのDR事業は、始まったばかりだ。

今後は、企業だけでなく、イーレックスと契約している個人への節電要請と協力意識の醸成が重要なポイントとなる。

「正直なところ、これまでマーケティング的な観点にそこまで注力してはいませんでした。

しかしDR事業を始めたことで、個人のお客様の属性を分析したりデータを活用したりすることの必要性を痛感しています。

自社のエネルギー事業にとっても、データ活用は非常に重要な要素です。遅ればせながら、この2〜3年で形にしていこうと動き始めました」(佐々木氏)

伊藤氏はこう補足する。

「DRに協力してくれる方を増やすには、顧客理解が不可欠です。

どういった世代がDRに積極的かなど、さまざまなデータを分析することからサポートさせていただきました。

そういった積み重なった顧客データは、今後さらに役立つと考えています」(伊藤氏)

イーレックスでは、すでに24年度、25年度の販促キャンペーンやアプリのダウンロード促進施策に着手し、利用者のインセンティブのあり方も柔軟に設計できるよう推し進めているという。

「今後さらに再生可能エネルギーの導入が進むにつれて、行動変容型のDRの重要性も高まっていくと考えています。

まず、契約しているお客様の3〜4割にDRを知ってもらい、そのうちの半分程度が節電に協力してもらえる状態にしていきたい。そして、最終的には8割のお客様が節電に協力していただける状況を目指していきます。

そのためには双方向のコミュニケーションを強化し、取り組みの意義を丁寧に分かりやすく伝える努力を続けていきたいと思います」(佐々木氏)


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